五風十雨
紀伊半島をかすめるように台風が通り過ぎた。
夕方5時過ぎに西の空から微かに陽光がこぼれた。

重く動きの速い雲の下を光りが横切っていく。
光りが動くとき風景が輝く。
ふと五風十雨という言葉を思い出した。
気候が穏やかで順調なことを表すが、台風もまた五風十雨の一つなのかもしれない。
特別ことは何もなく、特別でないこともなにもない。
陽光が雲に覆われる寸前、東の空に一瞬虹が見えた。

moon:19.7更待月紀伊半島をかすめるように台風が通り過ぎた。
夕方5時過ぎに西の空から微かに陽光がこぼれた。

重く動きの速い雲の下を光りが横切っていく。
光りが動くとき風景が輝く。
ふと五風十雨という言葉を思い出した。
気候が穏やかで順調なことを表すが、台風もまた五風十雨の一つなのかもしれない。
特別ことは何もなく、特別でないこともなにもない。
陽光が雲に覆われる寸前、東の空に一瞬虹が見えた。

moon:15.7満月デジタルカメラの感度を上げて月の光を撮影する。
月の明かりが照らす、空の色が知りたい。
カメラの露出をオーバーにし、空の色を写り込ませる。
薄雲がかかった初秋の月は、光りを滲ませながら、空に反射する。
闇が、月の光で青白く輝く。
まさしく光りは闇の中に在った。
moon:8.2九日月川の流れる果てには、海が広がる。
海水と淡水の交わるところ。

川幅が拡がり海の香りがする。
漁船が岸に繋がれている。
潮風を横切るカモメの声、空にとけ込む喧騒、雲に滲む光

誰も知る人のいない汽水の町で、冬を過ごしたいと思った。
誰も私を知らないこの町で、春を迎えたいと願った。

moon:3.3黄昏月仕事で17名の方を撮影した。
必要な写真は笑顔!
事務所に戻り、写真のチェック!
お一人ずつの写真から笑顔の良い写真をピックアップする。
最初は硬い表情でレンズを見る目が、だんだんとやさしくなる。
撮り進むうちに、表情が崩れていく。
その方のエゴが消えていくのが解る。
肩の力が抜ける。
表情と表情の間に素敵な笑顔がある。
本人も知らない、やさしい、その人だけの笑顔がある。
見ているこちらが思わず微笑む笑顔がある。
ず~と笑顔の写真を選んでいると、私の顔までも笑顔になることを発見した。
私自身が笑顔で写真を選んだのは今回が初めてかもしれない。
優しさに溢れた笑顔は、伝染するらしい。
moon:19.7更待月東吉野村で8月16日に灯篭流しが開催された。
この日は、盆踊り、花火大会と夏にふさわしい行事もあり、普段は静かな村も少し活気が戻ったようだ。
灯篭が静かに流れ、遠くへと闇の中を遠ざかる。
闇から闇へとローソクの明かりは、たゆたう。
闇と光りの間にはなにがあるのだろうか。

田舎で暮らすと、光りよりも闇が多いことに気づく。
だから闇の中にある光りは一層愛おしい。
光りを川に流す。 光りが川を流れる。

夏の行事を締めくくる花火が上がる。
そらに輝く光も静かに闇に消えていく。
moon:21.0二十二日月整備途中のMTBに乗って、久しぶりにツーリングへ。
と言っても近場の高取城跡へ。

10年以上乗っていないと「自転車を操縦する」ことを既に忘れいている。変速機の使い方から、ブレーキのかけ方まで。
少しの上り坂ですぐに足がだるくなる。呼吸が荒くなり、心拍数が上がる。
ギヤーを軽く、呼吸と脚力に合うようにシフトする。
ゆっくりと感覚が戻ってくる。
ペダリングが一定し呼吸が安定してくる。

緩やかな登りが続く。木立に囲まれたシングルロードは吹く風も心地よい。
風と呼吸とペダリング以外何も感じない。
汗が流れる。
久しぶりにすがすがしい時間だ。
近場にこんな良い場所があるなんて。
昔から自転車が好きでよくツーリングに出掛けた。
自転車でなければ見つけることの出来ない風景。
感じることの出来ない風がある。
知ることの出来ない峠がある。
味わうことの出来ない疲れがある。
1時間30分ほどのショートツーリング。
でもこの満足感は大きい。
これからゆっくりと自転車と付き合っていこう。
汗だくの身体で家に帰ると「何か良いことをした」という感覚が身体に残っている。
疲れているはずなのに、顔も少し元気が良い。
仕事をしていると「何か良いことをした」というよりも「仕事をした」という感覚が強い。
当たり前のようだけれど、いつも「何か良いことをした」という感覚を持つようにしたい。
無理をしなければ、そう無理をしなければ「何か良いこと」が出来るのだろう。
moon:7.0弓張月(上弦)アジアで最初にノーベル賞をもらったのは、詩人タゴールだ。
私は、アジアで最初のノーベル賞が詩集に対して与えられたことが凄く嬉しい。
西洋が渇望するアジアとは、経済や物理などの物質的な発展ではなく、精神的指導としてのアジアではなかったのかなと思う。
タゴール・ソングは、この詩人自らが自分の詩に曲を付けたもので、私が聴いたのは、シャルミラ・ロイが歌っているCDだ。
意思の強さにしなやかさを合わせ持つ歌声は、説得力があり、訳詞と合わせて聴くと、タゴールの思いがいっそ伝わってくる。
タゴール・ソングの7曲目「求めないならあの人は・・・・」の訳詞がいい。
「求めないなら、あの人はえられます、手放せば来ます手もとに、
昼間に私が失くしたあの大切なもの
---それを見つけました暗い夜に。
見えもしない触れもしない、その人に向かって命を開き目覚めていなさい---」
今度タゴールの詩集を買おう。
このタゴール・ソングのライナーノーツは、桃山晴衣さんが書いている。
この方が謡う塵梁秘抄を聴くと中性の庶民の思いや生活がダイレクトに心に響く。
私は桃山晴衣さんが日本語で謡うタゴールソングを聴いてみたい。

moon:6.3七日月10枚の写真と簡単なコピーで自分だけのCMを作ることが出来るサイトを見つけました。
制作は、私の妻です。
少し起動するまでが重いですが面白いですよ。
みなさんも自分のCMを作られたら如何でしょうか?
※JavaScriptをONにするとflashブログパーツが表示されますエルクとサテに会いに来てね by pleromaさん
moon:27.0二十八日月私は大阪の下町、大阪城の東、城東区で生まれ育ちました。
路地と運河のある、また人情という言葉が生きていた町でした。
今では、大きなマンションが建ち、そこに住む人々も代替わりし、私を知っている人達は随分と少なくなりました。
下の写真は、私たちが城東運河と呼んだ場所です。
私の小さい頃、40年以上前、私はこの運河に浮かぶ一艘の船を見つけました。
それは、水上生活者の方の船でした。
船上に洗濯物と私と同じくらいの年の子供がいました。
今は船の往来もほとんど無い運河に変わってしまいました。
写真は運河を撮影した物ですが、モノクロームに仕上げて、当時の雰囲気を出して見ました。
映画「泥の川」の世界が私の子供のころには、リアルにありました。

moon:12.9十三夜太陽の光をプリズムに当て、屈折させると虹を作り出すことができる。
私たちは虹の色は七色だと、なぜか思いこんでいる。
しかし実際に虹を見ると、そこには、無限の色を感じることが出来る。
光りは、無限の色が混ざり合って透明になっているのだ。
もしかしたら、私たちの「思考、心」もプリズムと同じかもしれない。
本当は、世界は、一つで透明な美しい世界なのかもしれないのに、
私たちの「思考、心」を通過すると、複雑で混沌とした様相を表すのだ。
プリズムによって分解された光りを、もう一度プリズムに通すと、もとの光りに戻る。
今、私たちに必要なのは、この複雑で混沌とした世界を、もう一度、元の「全体で透明な光り」にもどすプリズムかもしれない。
では、そのプリズムとは何か?
現在の私には答える言葉がない。
写真は、愛犬のエルクとウォータトライアルの練習中に見た、琵琶湖に架かる虹

HTML convert time: 0.841 sec. copyright byPlus-Wan